皆様はベトナムというと、どのような国を思い浮かべますか?ベトナム戦争の傷跡がいまだに色濃く残っていて戦車や砲弾跡を日常的に見る国でしょうか?技能実習生が多くの犯罪を犯しているので犯罪大国でしょうか?共産主義で発展に取り残された貧しい農業だけの国でしょうか?いずれも大きく違います。
現在の経済の傾向
1990年代から本格的に改革開放路線(ドイモイ:刷新)が敷かれ、特に2000年代中頃からチャイナプラスワンの代表的な国になりました。今、郊外の省にも大きな工場が数多く立ち並んでいます。2021年夏にコロナ禍で都市封鎖にあった時にベトナムで部品が作れなかったことから、他国で電子機器製品や自動車製造が止まりかけた事を覚えておられるでしょうか?確かに農村には貧困が残っていますが大都市には高島屋、イオンがあり、ファミリーマートも多数存在しています。この16年間で経済規模は4倍になりました。今後16年間でさらに4倍になれば、国連が定める発展途上国のカテゴリーを抜け出して、なんと、先進国になるのです。そして今のところ、この勢いは衰えそうにありません。
現在の文化の傾向
一方経済が好調であるゆえに古くからの大家族主義が少しずつ浸食され、悪い意味での個人主義が広がっています。ベトナムの社会には喜捨の精神が根付いていました。また、地域社会(路地裏)には相互扶助の生きたコミュニティがありました。現在、世界の若者と同調し、転職に転職を重ね、義務には目をつむり、お金と地位・名誉を追及し権利を主張します。彼ら彼女らは、苦労が多くて益の無い“コミュニティを守る側”には回らなくなってきています。
人口問題
2022年現在、人口は9832万人です。多産だったこの社会も2040年からは人口が減少すると予想されていますが、これからもしばらくは人口が増えていくゆえ人口が減る事の警告を真剣に捉えている人はほとんどいません。その姿も、まるで日本と一緒です。
宗教
歴史的に1000年以上も中国の支配下にあったことから、特に北部を中心に中国文化の影響を受けています。結果として宗教は、プロテスタント1.7% カトリック7.6%、仏教 とその影響下にある儒教及び民間信仰90%という構成になっています。
プロテスタント教会は、米国のC&MA教団(アライアンス教団)の影響を受けた大きな福音主義教会が北部のハノイ市(首都)と南部のホーチミン市にそれぞれ存在しています。ベトナム政府に公認されていた教会は、長い間この2つの教会だけでした(合計100万人)。しかし近年、2008年にバプテスト教会下にあるベトナム人教会、2009年にアッセンブリーオブゴッド教会下にあるベトナム人教会、また2018年には独立系聖霊派フルゴスペル教団(ベトナム人教会)が公認されました。それぞれ、6万人、6万人、2万人弱程度であろうと予想されています。また中部山岳地帯の少数民族のモン族などには少なくとも25万人程度の信徒がいると言われており、且つ、ベトナム全土に無数の無認可教会(地下教会)が存在しています。
一方、残念なことに今年(2022年)、異端であるモルモン教会にも教会ライセンスが交付されました。また、日本からエホバの宣教師が送られていることも聞いています。
日本に働きに来る若者たち
技能実習生、また日本語学校を隠れ蓑に働きに行くベトナム人の若者たちの話で言えば、8割・9割は北部からの農村の若者たちです。しかし、既に低賃金で日本に出稼ぎに行かねばならないという必然性はベトナム側にはありません。ある程度の所得の見込めるハノイやホーチミン市に働きに行くか、その周辺の省に行くか、または、運が良ければより高額な仕送りができるらしい日本に働きに行くか、という複数の選択肢の中で日本に働きに行く事に賭けたのです。大きな借金を背負って日本に来ているので運が悪かった場合には、メディアが報道するような大きな問題を起こしてしまう事があります。
北部には四季があり冬もあります。それゆえ北部のベトナム人は中国人に似て、まじめで勤勉です。南部のベトナム人は南国特有のおおらかさがあり、何かあっても笑って“仕方がない”と受け入れてしまいます。少し年配の日本人の方々は彼ら彼女らを見て、今にして思うと不便だったが前向きだった“昭和の時代”を感じることでしょう。今のベトナムはあたかも50年前の日本なのです。
そのような時間差は、主の永遠の時間の長さから見ると、ほんの一瞬です。
主にあって、私たち日本人はベトナム人側から日本に来てもらうことができました。彼ら彼女らと関わる事ができれば、私たちは忘れつつある家族を大切にしていた本来の私たちの姿を彼ら彼女らの中に見出すことで、私たち自身を正していくこともできると信じています。